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東京地方裁判所 昭和32年(行)4号 判決

原告 李奕寛

被告 国

訴訟代理人 川本権祐 外二名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

被告が昭和三十一年十月五日原告に対してなした永住許可取消処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、被告の申立

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、原告は、昭和二十七年九月十一日、被告から永住許可を受けた者であるが、被告は、昭和三十一年十月五日、原告に対し、右永住許可を取消し、同年同月十八日、在留期間を昭和三十年十月一日から昭和三十二年十月一日までとして、在留資格を認めた。

二、しかしながら、被告の右永住許可取消処分は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。

第四、被告の答弁及び主張

(答弁)

請求原因第一項は認めるが、第二項は争う。

(被告の主張)

一、原告は、昭和二十六年十月三日午前零時頃、横浜市中区山下町百四十三番地所在百貨店オリエンタルケツチン地下室において、通称天九なる賭博中現行犯として逮捕され、同月三十一日横浜簡易裁判所に起訴され、正式裁判を経たうえ、同年十二月十七日同裁判所において賭博罪により罰金千円に処せられた者である。

二、ところが原告は、昭和二十七年九月四日永住許可の申請をなすに際して、素行が善良であることを証する書類を提出せず、被告が審査の必要上提出方を求めた質問書の第十七項「あなたは逮捕されたことがありますか、もしあればその理由を詳細に記載して下さい」との質問に対し、ただ、「なし」と記載して提出した。

三、もし本件永住許可申請の際、前記事実が申告されていたならば、当然審査の上素行不良な者として永住許可なかりしものであるにもかかわらず、被告は原告の虚偽の申告により、右事実を知るよしもなく、原告を素行善良な者と誤信して本件永住許可を賦与したのである。

故に、右永住許可処分は、原告の欺罔により違法になされたものであるから、一般の行政行為の取消の法理にてらし、当然に取消しうべきものである。

四、よつて、右永住許可処分を取消した被告の処分には何ら違法はない。

第五、被告の主張に対する答弁

一、被告の主張第一、二項は認める。

二、被告の主張第三項は争う。被告の永住許可処分は原告の欺罔によつてなされたものではない。すなわち、

(一)  被告の主張する質問書の記載は、横浜入国管理事務所から係官が華僑総会に出張し、横浜在留中国人全部を呼出し、簡単な尋問によつて係官が所定申請書に記載したものであつて原告がことさら罰金刑を受けたことをかくそうとしたものではなく、原告には欺罔の意思はなかつた。

(二)  また、原告の父母は明治二十年来日し、原告は本邦において出生し、成育したものであつて、ただ一回前記罰金刑を受けたほか何ら反社会的な行為をしたこともなく、真面目に生業に励んできたのである。そして右賭博罪の事案も麻雀に興じ、場代、食事代を敗者負担と定めたもので賭博罪として成立するかどうか疑問であつたのであるが、千円位の罰金であるので法廷で莫大な費用をかけるのは無意味と考え争わなかつたものである。したがつて、右のような単純賭博罪で罰金刑をただ一回受けたことをもつて、原告を素行不良な者ということはできないのであつて、仮に原告が罰金刑を受けた事実を申告していたとしても、原告に対しては永住許可が与えらるべきものであるから、原告が罰金刑を受けた事実を申告しなかつたことと被告の永住許可処分との間には因果関係はなく、被告の永住許可処分は原告の欺罔によつてなされたものということはできない。

三、(一)仮りに被告の永住許可が原告の欺罔によりなされたものであるとしても、一旦権利を賦与した処分については、特別の規定がない限りこれを取消しえないにもかかわらず擅に右処分を取消した被告の本件処分は違法である。

(二) また原告は親の代から本邦に居住し全く日本の生活に融合している。しかるに被告は単に原告の申告が真実に反したというささいな事実をとらえ永住許可処分を取消し三年の在留処分に切替えたのであつて、原告はこの結果三年後において本邦における生活権を奪われ全く生活の見通しの立たない中国に送還されることを想定すれば被告の本件処分は憲法第二十二条第一項に基く居住の安全を脅かすこと明白である。したがつて被告の本件処分は公権力をもつて人間の基本権たる居住の安全を奪うものであつて憲法の精神に反し到底容認できない。

第六、証拠〈省略〉

理由

第一、原告は昭和二十七年九月十一日被告から永住許可を受けたこと。被告は原告に対し、昭和三十一年十月五日、右永住許可を取消し、同年同月十八日、在留期間を昭和三十年十月一日から同三十二年十月一日までとして在留資格を認めたこと。原告は、昭和二十六年十月三日午前零時頃、横浜市中区山下町百四十三番地所在百貨店オリエンタルケツチン地下室に賞いて、通称天九なる賭博中現行犯として逮捕され、同月三十一日横浜簡易裁判所に起訴され、正式裁判を経たうえ、同年十二月十七日同裁判所において賭博罪により罰金千円を処せられた者であること。右のような前科があるのに、原告は、昭和二十七年九月四日、被告に対し永住許可申請をなすに際して、素行が善良であることを証する書類を提出せず、かつ、被告が審査の必要上提出方を求めた質問書の第十七項「あなたは逮捕されたことがありますか、もしあればその理由を詳細に記載して下さい。」との質問事項に対し、ただ、「なし」と記載して提出したことは、いづれも、当事者間に争いない事実である。

第二、本件における争点の第一は、右のような賭博罪により罰金千円に処せられた原告は、出入国管理令第二十二条第二項第一号にいう「素行善良であること。」という要件に適合しないとの被告の認定の当否であるが、右のような前科のある事実は、たとえ、その罪質が軽く、罰金額が比較的少い場合においても、右規定の趣旨から考えると他に特段の事情のない限り、やはり、素行が善良でないことの徴憑といわなければならず、このような前科があるけれども、なおかつ、原告に対して永住許可を与えるべきような特別な事情があると認められる証拠の十分でない本件においては、右の前科のある原告を同条同項の永住許可要件に適合しないものと被告が認定したことは、同条が外国人に対し、所謂請求権的な権利を与えたものでなく、本邦に永住する権利を特別に(恩恵的に)設定する処分を規定しているもので、その処分は行政庁の所謂自由裁量によるものと解せられるところからしても、何ら違法ということはできない。

第三、ところが原告に対しては永住許可処分がなされたのであるが、被告は右処分は原告の欺罔に因るものであると主張し、原告は、何ら欺罔の意思はなく、又、冒頭認定の質問書の記載と、本件永住許可処分との間には何ら因果関係はないと主張するので、この点について判断する。

成立に争いない乙第六号証の一、二、証人石井岩雄の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証、並びに、証人石井岩雄、同山下留吉、原告本人各尋問の結果(但し、原告本人の供述中左記認定事実に反する点を除く。)によると、昭和二十七年法律第百二十六号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」の施行により、同法第二条第一項第二号に当るもの(原告も該当するもの)の永住許可申請がなされた当時においては、原告の居住地を管轄していた横浜入国管理事務所においては、右申請の対象者が約五千人、その内中国人(原告も中国人である。)が約四千人という多数であつたのにかかわらず、入国審査官は石井岩雄一人という手薄であつたので、右の対象者らが一度に申請書を提出したような場合においては、これが事務処理上混乱が生ずることが予想される状況にあつたので、中国人の永住許可申請に関しては、予め華僑総会に申請書、及び、質問書(乙第六号証の二の様式のもの)を一括して渡し、華僑総会を通じて各申請人に右書類を交付して、それぞれ記入させ、日時を区切つて華僑総会の会館に申請人らを集め、入国審査官において各申請人に対し個別に右申請書、及び、質問書に記載された事項に誤りがないかを確める程度の審査によつて永住許可処分をなしていた。かつ、前記昭和二十七年法律第百二十六号の第二条第二項所定の申請期間内においては、申請人らの素行に関し、警察等に照会して回答を得る時間的余裕もなかつたので、入国管理庁においても、素行が善良であるか否かの点については、警察に照会する等の調査ができなくても、他の条件が適合する限りに於ては永住許可を与え、後日において申請人が提出した書類中にその記述に反する事実が判明した場合には永住許可を取消すこととして、右永住許可関係の事務を処理するという方針を立て、横浜入国管理事務所においても右の方針に基いて事務処理を為していた。従つて、原告に対する永住許可も、申請書に添付すべき素行に関する証明書類の添付もなく、又、警察等の回答を得ることなく、只、前記質問書の記載により、一応、原告を素行善良なものと認定して永住許可を与えたものであることを認めることができる。

右認定の事実関係によると、被告の永住許可申請処理の方針、特に実際の事務処理の方法は適当のものであつたとは言えない(被告としては申請人が出入国管理令第二十二条第二項所定の要件に適合する者であるかどうかは、只、申請人の言分を聞くのみでなく、自ら調査を為すべきであり、取扱についての通達においても所長において許可が妥当かどうかを慎重に決定すべきことを明示していることが乙第七号証により認められる)けれども、当時の状況としては、止むを得なかつたものと考えられる。そうして、本件永住許可処分を為すに当り、原告の素行に関しては、冒頭認定のような質問事項に対する原告の不実な記載に因り、被告において、原告は前科があるのにかかわらず、これがないものと誤認した結果、出入国管理令第二十二条第二項第一号の要件にも適合するものと認定し、右永住許可処分を為したものであり、右前科があれば許可を与えない方針であつたことが前記各証拠から認められるから本件許可処分は原告の虚偽の申告に基き、被告が誤つて為したものというべきで本来瑕疵のある行政処分と言うべきものである。

第四、次に、原告は一旦永住許可という行政処分がなされた以上は、たとえ当該処分が瑕疵あるものであつても、法規上特別の規定がない限り、これを取消し得ないと主張するが、瑕疵ある行政処分の取消は、必ずしも法規上の定めがなくてもこれを為し得るものと解せられるから、原告の右主張には賛同し得ない。しかしながら、行政処分の性質上、瑕疵ある場合においては無制限に取消し得るものではなく、ことに、本件のように、永住許可という特別な権利を取得させた後、これを取消すのは、私人の既得の権利、利益を害する結果になるようなときには、その処分が顕著な欺罔行為等により行われたような場合は格別であるが、その処分の取消により失われる私人の権利、利益と、これにより得られる公共の利益との比較をなし、後者を優先させるべき場合にのみ取消し得るものと解すべきである。ところで、原告に対する本件永住許可処分が、前認定のように原告の歎罔行為(顕著なものとは言い得ないが。)に基いて為されたものである点、及び、永住許可処分は本邦に在留する外国人に対し、特別に(恩恵的に)永住する権利を取得させるものであり、かつ、その者の永住が日本国の利益に合すると認められる場合に限り為されるという、私人の権利利益よりも、むしろ公益上の観点が重視され、或は所謂行政庁の自由裁量の範囲が比較的広いという性質を有する行政処分である等の点を考え合せると、本件永住許可取消処分は、これを違法というのは当らないと考える。

第五、又、原告は本件永住許可取消処分は憲法により保障された居住の自由、安全を脅かす違法なものであると主張するけれども、右取消処分により、原告は直ちに日本国外に退去しなければならないことになつた訳でもなく、冒頭認定の如く、二年間の在留資格を取得しており、かつ、この在留期間の更新という方法もあり、現に、右取消処分の前後に変りなく現住居に居住していることは弁論の全趣旨より認められるのであるから、本件永住許可取消処分が憲法で保障した原告の住居の安全、自由を侵害した違法のものと言うことはできず、原告の右主張は採用できない。

第六、以上、説明した通り、被告のなした本件永住許可取消処分は何等違法な点は認められないから、原告の右処分取消を求める本訴請求はその理由が無いことに帰する。よつて、これを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

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